同じツールを入れても、定着するかは会社で違う
情報資源と、真似されにくい運用の力
説明会をしても、使われなかった
新しいツールを導入したことがある。準備はそれなりにした。説明会を開き、手順書を用意し、問い合わせの窓口も作った。いきなり全員に広げるのではなく、まず一部のメンバーに先行して使ってもらい、そのフィードバックをもとに修正もした。
それでも、展開してみると、あまり使われなかった。
アンケートで理由を聞くと、「使い方がよくわからない」という声が多かった。手順書はあったし、説明会もした。それでも、使う側には届いていなかった。追加の説明会を開くと、少しずつ使ってもらえるようになった。
振り返ると、ツールによって定着のしやすさには差があった。業務が楽になるツールは、比較的すぐに使ってもらえる。一方で、規制への対応のように、現場から見ると手間が増えるツールは、導入にかなり苦戦した。
ツールは、他社も同じものを買える
情報システムの教科書は、情報システムを、競争で優位に立つための資源として捉えている。この本は、情報資源を2つに分ける。一つはITの資産で、システムやデータ、基盤のこと。もう一つはITの能力で、技術のスキル、ITを管理するスキル、事業部門との関係を築くスキルのことだ。
そのうえで、長く続く優位をもたらすのは、価値があり、珍しく、真似されにくい資源だとする。経営学で「資源ベースの考え方」と呼ばれる見方だ。
この見方に立つと、ツールそのものは優位の源になりにくい。パッケージやクラウドのサービスは、お金を払えば他社も同じものを手に入れられる。AIのツールも同じだ。良いツールを選ぶことは大事だが、それだけでは差はつかない。
差がつくのは、運用に落とし込む力
では、何が真似されにくいのか。自分の経験と重ねると、ツールを業務に落とし込む力だと思う。
どの業務にどう組み込むか。どこでつまずき、どう乗り越えたか。使い続けるうちに、どんな使い方の工夫やデータがたまったか。事業部門や現場と、どう一緒に使い方を作ってきたか。こうしたものは、時間をかけて社内に積み上がる。外からは買えない。他社が同じツールを入れても、ここは一からやり直しになる。
そう考えると、説明会や手順書、先行展開、アンケートといった導入支援と、導入後の継続的なモニタリングは、ツールを入れた後のおまけの作業ではない。真似されにくい資源を積み上げる、投資そのものだ。
手間が増えるツールほど、差になる
経験の中で、もう一つ気づいたことがある。業務が楽になるツールは、比較的使ってもらいやすい。それは他社でも同じなので、そこでは差がつきにくい。差がつきやすいのは、現場の手間が増えるツールを定着させられるかどうかだ。
規制への対応のようなツールは、現場から見ればメリットがない。それでも導入するのは、社内のどこか、あるいは社外の誰かにとって、必要な理由があるからだ。だからこそ、使い方を教えるだけでは足りない。なぜ必要なのか、誰のためなのかを、納得してもらうことが大事だと思う。戦略の三角形の記事で、方針をきちんと理解してもらうことの大切さを書いたが、ツールの導入でも同じだった。
どの会社も苦戦するところだからこそ、ここで積み上げた工夫が、いちばん真似されにくい。
個人の経験を、組織のノウハウにする
ただし、こうした力は、個人の経験のままでは組織の資源にならない。導入を担当した人が異動すれば、つまずいた点も、効いた工夫も、一緒に消えてしまう。
だから、導入のたびに残しておきたい。どこでつまずいたか。何が効いて、何が効かなかったか。理由をどう伝えたら納得してもらえたか。次の導入で使える形にして、初めて組織のノウハウになる。
マネージャーとしては、ツールの導入を「入れたか」ではなく、「使われて、業務が変わったか」で見ることも大事だと思う。導入支援やモニタリングの時間と人を、最初から計画に入れておく。ツールの費用だけを予算にしない。
最近入れたツールは、「入れたか」と「使われているか」、どちらで評価しているだろうか。
その導入でつまずいたことは、次の導入で使える形で残っているだろうか。
- ツールは誰でも買える。差がつくのは、運用に落とし込む力
同じツールは他社も手に入れられる。業務への組み込み方、つまずきの乗り越え方、使い方の工夫は、時間をかけて社内に積み上がり、外からは買えない。導入支援とモニタリングは、その力を積み上げる投資。
- 手間が増えるツールほど、理由を納得してもらう
業務が楽になるツールは比較的使われやすい。現場の手間が増えるツールは、誰のために必要なのかを伝える。その工夫を、次の導入で使える形で組織に残す。
もう少し深く知りたい人へ
資源ベースの考え方を代表するのは、ジェイ・バーニーの1991年の論文だ。バーニーは、長く続く競争優位をもたらす資源の条件として、価値があること、希少であること、真似されにくいこと、代わりがきかないことを挙げた。教科書が示すITの能力の分類 (技術、ITの管理、関係のスキル) も、この考え方を情報システムに当てはめた研究の流れにある。
2003年には、ニコラス・カーが「IT Doesn’t Matter」という論文で、ITは電気や鉄道と同じように誰でも手に入るものになり、それだけでは差がつかなくなったと論じ、大きな議論を呼んだ。本文の「ツールは誰でも買える」は、この主張と重なる。一方で、資源ベースの考え方からは、ITそのものではなく、それを使いこなす能力に差が残る、という反論がなされてきた。
ツールが使われるかどうかについては、フレッド・デイヴィスの「技術受容モデル」(1989年) がよく知られている。人が新しい技術を受け入れるかどうかは、主に「役に立つと感じるか」と「使いやすいと感じるか」で決まる、というモデルだ。本文の経験に当てはめると、業務が楽になるツールは「役に立つ」と感じやすく、手間が増えるツールは感じにくい。「使い方がよくわからない」という声は、「使いやすさ」の側の問題だった。手間が増えるツールの定着が難しいのは、「役に立つ」の手応えが、使う本人ではなく別の誰かの側にあるからだと考えられる。
参考文献
- Pearlson, K. E., Saunders, C. S., & Galletta, D. F. (2024). Managing and Using Information Systems: A Strategic Approach (8th ed., Chapter 2: Strategic Use of Information Resources). Wiley.
- Barney, J. (1991). Firm Resources and Sustained Competitive Advantage. Journal of Management, 17(1), 99-120.
- Carr, N. G. (2003). IT Doesn’t Matter. Harvard Business Review, 81(5), 41-49.
- Davis, F. D. (1989). Perceived Usefulness, Perceived Ease of Use, and User Acceptance of Information Technology. MIS Quarterly, 13(3), 319-340.