「AIを活用しよう」から運用までが長い

情報システム戦略の三角形と、ずれている期間

「AIを活用しよう」から運用までが長い(図解)

「AIを活用しよう」と決まったあと

組織として、AIの活用を進めることになった。方向としては、誰も反対しない。

ただ、足元を見ると準備は揃っていなかった。使えるツールも、使うときのルールも整っていない。技術の検証はこれまでに数多くやってきたが、どれも運用に乗せるにはまだ足りない状態だった。事業の側でも、AIに可能性があることは共有されていたが、具体的にどう使うかは、まだ十分に議論されていなかった。

方針は決まった。でも、それを支えるものが追いついていない。この「あいだ」の期間をどう過ごすかが、思った以上に難しい。

情報システム戦略の三角形

情報システムの教科書の第1章は、「情報システム戦略の三角形」という枠組みから始まる。事業戦略、組織戦略、情報システム戦略の3つは互いに釣り合っていなければならない、という考え方だ。

事業戦略は、会社がどう勝つか。組織戦略は、それを実行するための組織の形、管理の仕方、文化。情報システム戦略は、それを支える仕組みやデータ。起点は事業戦略で、組織と情報システムがそれを支える。そして、どれか1つを変えたら、残りの2つも合わせて変える必要がある。

この枠組みに当てはめると、自分たちの状況はわかりやすい。組織としての方針は先に出た。ただ、組織の中の役割やルール、仕事の進め方が変わるのはこれからだ。情報システムは検証の段階にとどまり、事業戦略での位置づけもまだ決まっていない。3つの頂点が、それぞれ違う場所にいる。

3つの頂点は、変わる速さが違う

教科書の三角形は、釣り合った状態を描いている。ただ、実際に動かそうとすると、3つの頂点は同じ速さでは変わらない。

方針は、決めた時点で出せる。ツールやルールは、選び、作り、整えるまでに時間がかかる。前回の記事で書いたように、技術の検証と本番の開発は、会計の上でも別のものとして扱われる。検証を重ねても、運用に乗せるには別の手間と判断が要る。そして、組織の中で新しいやり方が浸透するには、いちばん時間がかかる。

組織が変わっていくことを、三角形が大きくなっていくことにたとえてみる。理想は、3つの頂点が同じだけ外へ伸び、形を保ったまま大きくなることだ。でも実際には、どれか1つの頂点が先に引っ張られ、三角形は一時的にゆがむ。今回なら、組織の方針という号令が先に出て、組織の頂点を引っ張っている。事業戦略と情報システム、そして組織の中の実際の仕事の進め方は、まだ元の位置に近い。このゆがみが、3つのあいだのずれだ。

だから、いつも整った形を保ち続けるのは難しい。少しずつ伸ばしていくときは、ゆがみを小さく、短い期間にとどめながら大きくしていけばいい。

ただ、いつもそれでいいとは限らない。今回のAIのように、これまでの延長ではない、非連続な成長を狙うときは、どれか1つの頂点を大きく引っ張らないと、三角形全体が動き出さない。大きく伸ばそうとすれば、全体は大きくゆがむ。そのゆがみは失敗ではなく、飛躍のために引き受けるものだ。変化の途中では、ゆがんでいること自体が普通の状態なのだと思う。

ずれている期間、負担を受け止めるのは現場

ずれている期間に、その負担を受け止めるのは現場だ。

方針としては「AIを使おう」と言われる。でも、使えるツールが決まっていない。使ってよい範囲のルールもない。業務のどこに使えば効果があるのかも、まだはっきりしない。メンバーからすれば、何をどこまでやればいいのかがわからない。

しかも、ほかの2つの頂点がどうなるか見えないまま動くことになるので、「この方向で合っているのか」という不安もつきまとう。移行の期間は、ただでさえ負担が大きい。そこに先の見えなさが重なる。

方針と、時間がかかることを、両方伝える

マネージャーとして意識しているのは、2つのことを同時に伝えることだ。

一つは、方針そのものをきちんと理解してもらうこと。なぜAIの活用を進めるのか、組織として何を目指しているのか。ここが曖昧なままだと、ずれている期間の手間は、ただの負担にしか見えない。

もう一つは、変わるには時間がかかることも、正直に伝えることだ。ツールもルールも、事業での使い道も、まだ揃っていない。揃うまでには時間がかかる。それを最初から共有しておけば、うまくいかないことがあっても、個人の失敗ではなく「まだ揃っていない期間」の問題として扱える。大きく伸ばそうとしている時期ならなおさら、ずれが大きいのは想定のうちだと伝えておきたい。

そのうえで、全体の方針に合わせようとしている努力を、チームにも見えるようにする。自分たちの取り組みが、方針のどこにつながっているのか。ほかの頂点がどこまで進んでいるのか。わかる範囲で共有しながら、導入の手助けをする。三角形をゆがみなく大きくすることはできない。だからこそ、ずれている期間の歩き方を、チームと一緒に決めていくことが大事なのだと思う。

今進めている変化は、三角形のどの頂点が先に動き、どの頂点がまだ追いついていないだろうか。

そのずれを、チームは何として受け止めているだろうか。

カンペ | 月曜から試せるヒント
  1. 事業戦略・組織・情報システムの3つは、変わる速さが違う

    方針は決めた時点で出せるが、ツールやルールを整えるには時間がかかり、組織への浸透にはさらにかかる。変化の途中は、3つがずれているのが普通の状態。大きく伸ばそうとするほど、ずれも大きくなる。

  2. 方針と、時間がかかることを、両方伝える

    方針を理解してもらうだけでは、ずれている期間の手間がただの負担に見える。揃うまで時間がかかると共有しておけば、うまくいかないことを個人ではなく期間の問題として扱える。

補足

もう少し深く知りたい人へ

事業とITの釣り合いを扱った代表的な研究に、ヘンダーソンとベンカトラマンの「戦略的整合モデル」(1993年) がある。事業戦略、IT戦略、組織の基盤、ITの基盤の4つの領域が互いに整合している必要があるとし、IT は事業を支えるだけでなく、事業戦略そのものを変えうると論じた。本文で触れた三角形も、この「整合 (アラインメント)」という考え方の流れにある。組織の側をどう動かすかは、教科書では第3章で詳しく扱われる。

「時間がかかる」ことには、経済学からの裏付けもある。ブリニョルフソンらは、AI のような汎用的な技術は、使いこなすために業務の見直しや人の育成といった目に見えない投資を必要とすると指摘した (2021年)。その投資の期間は、成果がすぐには数字に表れず、生産性がむしろ低く見えることもある。成果が見え始めるのはその後だ。グラフにするとJの字に似た形になることから、「生産性のJカーブ」と呼ばれる。導入の初期に成果が見えにくいのは、取り組みが失敗しているからとは限らない。

参考文献

  • Pearlson, K. E., Saunders, C. S., & Galletta, D. F. (2024). Managing and Using Information Systems: A Strategic Approach (8th ed.).
  • Henderson, J. C., & Venkatraman, N. (1993). Strategic Alignment: Leveraging Information Technology for Transforming Organizations. IBM Systems Journal, 32(1), 4-16.
  • Brynjolfsson, E., Rock, D., & Syverson, C. (2021). The Productivity J-Curve: How Intangibles Complement General Purpose Technologies. American Economic Journal: Macroeconomics, 13(1), 333-372.

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